お江戸の学校

江戸検1級を取って学んだ「江戸の歩き方」「偉人達の生き様」を紹介します。歴史好きはもちろん、歴史が苦手な人にも楽しくわかりやすくお伝えします。

赤穂四十七士は本当は?

こんにちは。


お江戸夫の大輔です。

赤穂浪士と言えば、
『四十七士』と答えるのが普通でしょう。

f:id:dadadadadicek:20180601220111j:plain


しかし、切腹覚悟の討入りで
志士達の心も動揺し直前で
些細な人数の変動がありました。

実は本当は討入り直前まで
『四十七士』ではなく『四十八士』
だったのです。

あえなく抜けることになったのは
『毛利小平太』です。

小平太は討入りギリギリまで
吉良邸内部の情報を探った人物ですが
最後は兄の反対を受けて逃れることに
決めました。

また実際に討入りに入ったのは
本当は『四十七士』は『四十六士』
だったこともわかっています。

なんと討入り直前で『寺坂吉右衛門
が恐怖のあまり逃げ去りました。

無事吉良の首を挙げることができたものの
毛利小平太や寺坂吉右衛門を統率できなかった
不本意さも赤穂浪士側には残りました。

やはり命懸けの仕業には
命懸けの決意が必要ですね。