柳生の家紋は実は…
こんにちは。
お江戸俥夫の大輔です。
この家紋見たことありますか?
この家紋は江戸時代初期、徳川家康に
見出されて100石の下級武士から
1万2500石の大名にのし上がった
剣豪柳生一族の『柳生笠』です。
今でこそ柳生の家紋になった柳生笠ですが、
『二階笠』という別名もあり、
元々は柳生家のものではありませんでした。
戦国武将・宇喜多秀家の
家臣であった『坂崎直盛』の家紋でした。
直盛は豊臣家を滅亡に追い込んだ
大坂の陣の際、徳川側につき
大阪城から救い出す大役を遂げた人物です。
本来であれば、この大役により
出世するのが普通ですが、直盛はこれを期に
死に追いやられお家断絶になりました…。
嫡子忠刻と再嫁するのですが
直盛はなんと!千姫を奪おうとしたのです。
真相は不明ですが家康が大坂の陣の際、
与えると約束したのにも関わらず、
それを反故にしたからと言われています。
なんとも無念…。
そしてその時、秀忠の名を受けて
直盛の説得に当たったのが柳生宗矩で、
直盛の死後、津和野の城と領地の受け取りに
派遣されたのも柳生宗矩でした。
その際、秀忠から賜ったのが
坂崎直盛の家紋『二階笠』でした。
お家は断絶になりましたが、
柳生一族の手により繁栄した二階笠の家紋。
もし坂崎直盛が自分の家紋の行方を
死んだ後に知ることができたなら、
これをどう思うのでしょうか?